50歳からのメンタルケア(第一回) あしたの医薬
消化器系のストレス関連症
消化器系のストレス関連症① 胃・十二指腸潰瘍
異名”ストレス性潰瘍”を自己チェックできる身体のサイン
「ストレス関連症(心身症)」とは、ストレスが原因で体に症状の出る病気の総称です。この章では、ストレスがどんな病気を招くかを、各器官別に解説します。
胃、小腸、大腸などの「消化器」で多発するのは”ストレス性潰瘍”という異名を持つ「胃・十二指腸潰瘍」です。ストレスで胃と十二指腸の粘膜に潰瘍ができる病気で、お腹の痛み、胸やけ、夜寝ている間の腹痛といった症状があります。
進行すると出血が起こり、血液が混じったコールタールのような便が出る下血、血を口からはく吐血を起こします。さらに進んで、胃に穴が開く穿孔を起こすと命に関わることもあります。
胃・十二指腸潰瘍の原因を作るのはおもに胃酸です。胃酸の主成分は塩酸で、食べ物を消化殺菌しています。胃壁は粘膜に覆われており、胃酸から守られています。
胃酸のように胃粘膜を攻撃するものを「攻撃因子」と呼びます。胃酸の他にもタンパク質の消化酵素ペクチンがあります。一方、攻撃因子から胃粘膜を守るものを「防御因子」と呼び、粘膜を胃酸から守るプロスタグランジン、粘膜の状態を正常に保つ血流が防御因子です。
ストレスと潰瘍の関係を物語るのが、サル2匹ずつを4組のペアにして電気刺激を与えたアメリカでの実験です。1匹には電気刺激を回避するスイッチの使い方を学習させ、もう1匹には電気刺激を回避する手段を与えませんでした。
ストレスで胃の働きを司る自律神経の働きが乱れると、攻撃因子と防御因子のバランスが乱れます。攻撃因子である胃酸の分泌力が高まるのに、粘膜の血管が収縮して血流が悪くなり、プロスタグランジンの分泌が弱まって防御因子のバリア機能が低下します。その結果、胃酸などの攻撃に耐えかねて、胃とそれに続く十二指腸の粘膜に潰瘍が生じるのです。
スイッチの使い方を知っているサルは、刺激を回避しようとします。電気刺激は胃腸にダメージを与えるほどではなかったのに、電気刺激を避ける努力をしたサルは胃・十二指腸潰瘍を起こし、出血と穿孔で4匹とも死んでしまいました。他のサルは電気刺激を受けたにもかかわらず、潰瘍もできていなかったのです。これは電気刺激を避けようとつねに強い緊張とストレスにさらされた結果です。
消化器系のストレス関連賞② 過敏性腸症候群
最近では40代以降の働き盛り世代にも多く見られる症状
緊張や不安がお腹で症状を起こすのが、「過敏性腸症候群(IBS)」です。日本人の10~15%が罹っているといわれるほどポピュラーな病気で、心理・社会的ストレッサーに小腸や大腸が過敏に反応して起こります。
比較的若い世代に多いのですが、最近では40代以降の働き盛りにも少なからず見受けられます。
過敏性腸症候群は過去3か月間、月3回以上の腹痛、お腹の違和感、便通の異常などがあるのに、腸の検査をしても以上は見当たりません。便通の異常から下痢型と便秘型、下痢と便秘を繰り返す交代型に大別されます。
下痢型は男性に多く生じます。食べ物は胃から小腸に送られて栄養素などの消化吸収が行われ、大腸で水分を吸収して粥状の内容物から便を作っています。
過敏性腸症候群になると、小腸で水分が過剰に分泌されたり、校門に向けて内容物を移動させる蠕動運動が過剰に起こったりして、水分吸収がきちんと済まないうちに内容物が大腸を通過します。その結果、下痢が起こるのです。
過敏性腸症候群による下痢は、突発的で前触れがないのが特徴です。一度でも経験すると「また起こったらどうしよう」という予期不安が大きくなり、それがストレスを高めて症状を悪化させます。通勤や通学ではいつでもトイレに駆け込めるように各駅停車に乗ることから、「各駅停車症候群」の別名もあります。
便秘型は女性に多いのが特徴です。過敏性腸症候群で起こる便秘は、大腸で便を作る結腸に痙攣が起こり、そこが狭くなって内容物の通過が妨げられるケースが大半です。これを痙攣性便秘といいます。結腸が狭くなって便が長く留まると、水分が吸収されすぎて便が硬くなり、排便がますます困難になります。
下痢や便秘の鍵を握るのは、セロトニン。セロトニンは脳で分泌されて不安を鎮める物質ですが、実は90%異常は腸で分泌されてその機能を調整しています。脳内でセロトニンが減るとうつ病の原因となり、腸内でセロトニンの分泌が乱れると蠕動運動の亢進による下痢、過度の収縮による便秘が生じます。
過敏性腸症候群ではストレスに対処すると同時に、暴飲暴食や刺激物を避け、胃腸を整える食物繊維や発酵食品を摂るといった食生活の改善も求められます。
消化器系のストレス関連症③ 潰瘍性大腸炎
厚生省が特定疾患に指定
「潰瘍性大腸炎」は大腸の粘膜にびらん(浅い欠損)や潰瘍(深い欠損)といった炎症が生じる病気で、厚生労働省から特定疾患に指定されている難病です。原因は不明ですが、ストレスが症状を悪化させることから、ストレス関連症の一種として捉えようという考え方もあります。
この病気に罹ると、便が下痢気味になったと思ったら、血が混じった粘血便、痙攣を伴う腹痛が起こります。大腸の出口に近い直腸で発生し、最終的には大腸全体に広がります。診断の際には、他の病気でないことを確認した後、大腸内視鏡で検査を行います。
日本人の患者数は11万人以上。アメリカでは患者数100万人以上といわれていますから、まだその10分の1ほどですが、日本でも年間およそ8000人の割合で増加しています。男女の患者数はほぼ1対1で、20代に好発しますが、若年者から高齢者まで広く発症し、40〜50代で発症する人も大勢います。
原因としては、外敵を排除する免疫機能に異常が起こって自らの細胞を攻撃するようになった自己免疫疾患、細菌感染、アレルギー、腸内に棲み着いている腸内細菌の関与などが疑われていますが、まだ完全には解明されていません。
潰瘍性大腸炎は多くの場合、大腸に生じた異常な炎症を薬で抑える薬物療法で治療されます。症状が進むと手術で大腸を切り取ることもあります。
潰瘍性大腸炎は薬物治療で症状が消失(寛解)しても、再発を繰り返すケースが多くありますから、病気によるストレスを十分にケアし、悪化させない工夫が求められます。
潰瘍性大腸炎に似た病気にクローン病があります。潰瘍性大腸炎は大腸の異常ですが、クローン病は小腸も含めた消化管全体に炎症や潰瘍が広がります。1932年、ニューヨークの内科医クローン氏が初めて報告したことから名づけられました。潰瘍性大腸炎とクローン病はともに炎症性腸疾患(IBD)に分類されます。
クローン病も厚生労働省の特定疾患で患者数は約3万人。こちらも詳しい原因は不明で、10~20代の若年層に多いという特徴があります。治癒は困難なので、その間のストレスマネジメントが重要になってきます。